お役立ちコラム お墓の色々
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- 供養をきわめる -
死者の街とは?エジプトと日本のお墓文化の違いを解説

「エジプトのお墓」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのはピラミッドではないでしょうか?
古代エジプト文明を象徴する巨大建造物としても世界中で知られていますが、よく知られているように単なる建築物ではありません。ピラミッドは、古代エジプトの王・ファラオが眠るために築かれたお墓なのです。
また、古代エジプトの埋葬方法として、ミイラも広く知られています。
王や裕福な人々は、死後の世界で永遠の命を得るため、専門的な処置によって遺体をミイラ化し、埋葬されました。一方で、一般の人々は王族のような人工的な処理を行わず、乾燥した砂地に埋葬されることで、自然にミイラ化した例もあったと考えられています。
しかし、現在のエジプトでは古代のような埋葬方法は行われていません。宗教や時代の変化とともに、お墓や供養のあり方も大きく変わってきたのです。それでも、「亡くなった人を大切に思う」という気持ちは、古代から現代まで変わることなく受け継がれています。
今回は、ピラミッドが築かれ、ミイラ化の技術が発展した古代エジプトのお墓文化や「死者の街」と呼ばれる墓地まで、エジプトならではの供養文化をご紹介します。
古代エジプトでは、お墓は「永遠の住まい」だった
古代エジプト文明は、一般に紀元前3000年頃(約5000年前)に成立したとされ、長きにわたって栄えた世界最古の文明です。
古代エジプト人は、「人は亡くなっても魂は死後の世界で生き続ける」と信じていました。そのため、お墓は遺体を納める場所ではなく、故人が永遠に暮らすための住まいだと考えられていたのです。
それを象徴するのが、ファラオ(古代エジプトの王様の称号)の墓であるピラミッドです。
巨大なピラミッドを建設するには、当時としては驚くほど高度な建築技術と、多くの人々の力が必要でした。それほど、お墓は王にとって重要な存在だったのです。
また、墓の中には黄金の装飾品や宝石だけでなく、家具や食料、衣服、武器、さらには船まで納められました。これらはすべて、死後の世界でも生前と変わらない生活を送るために必要だと考えられていたからです。
さらに、魂が再び体へ戻れるように、また、遺体を長期間保存するためのミイラづくりも発達しました。これは現代のエンバーミングにも通じる、遺体を大切に扱うための保存技術の一つといえます。
現在では各地で定期的に展示会が開催されるなど、神秘的な文化として知られるミイラですが、古代エジプト人にとっては、単なる保存技術ではありませんでした。亡くなった人が死後の世界でも幸せに暮らせるよう願いを込めた、大切な宗教的儀式だったのです。
ピラミッドは王だけのお墓だった
「古代エジプトのお墓」と聞くと、多くの人はピラミッドを思い浮かべます。しかし、実際にピラミッドへ埋葬されたのは、王であるファラオやその一族など、ごく限られた人々でした。
古代エジプトでは、王は神に近い存在と考えられていたため、巨大な墓が築かれ、多くの財宝や副葬品が納められました。一方、一般の人々は「マスタバ(長方形の平らな墓)」や岩窟墓、簡素な土葬など、身分や財産に応じたさまざまなお墓に埋葬されていました。
それでも、故人が死後の世界で困らないよう、食べ物や日用品を副葬品として納める習慣は多くの人々に共通していました。また、王族のような人工的なミイラ化処理は行われなかったものの、遺体を胎児のように手足を曲げた姿勢で乾燥した砂に埋葬することで、自然なミイラ化を促し、魂が再び体に戻れるような埋葬方法がとられていたと考えられています。
つまり、壮大なピラミッドは古代エジプトのお墓文化の一部に過ぎません。身分によって墓の姿は異なっても、故人が死後の世界で安らかに暮らせるよう願う思いは、多くの人々に共通していたのです。
現在のエジプトではイスラム教の教えに従って埋葬される
現在のエジプトでは、国民の多くがイスラム教を信仰しています。そのため、葬儀や埋葬もイスラム教の教えに基づいて行われます。
イスラム教では、亡くなった人はできるだけ早く埋葬することが望ましいとされており、多くの場合は24時間以内に葬儀と埋葬が行われます。遺体は丁寧に洗い清められ、白い布で包まれた後、祈りが捧げられて土葬されます。古代エジプトのようにミイラ化させたり、副葬品を納めたりする習慣はなく、質素で厳かな葬送が特徴です。
古代と現代では埋葬方法こそ大きく異なりますが、「故人を敬い、安らかな眠りを願う」という思いは、今も変わらず受け継がれています。
「死者の街」と呼ばれる不思議な墓地
エジプトの首都カイロには、「死者の街」と呼ばれる広大な墓地があります。一般的な墓地とは異なり、霊廟やお墓が並ぶその景観は、まるで一つの街のように広がっています。
ここには、一族ごとに建てられた霊廟やお墓が数多く並び、中には住宅と見間違えるほど立派な建物もあります。建物の地下には故人が眠る墓所があり、地上部分には居間や寝室、調理場などが設けられています。もともとは、お墓参りに訪れる家族が滞在したり、墓を管理する人々が暮らしたりするための空間として造られたといわれています。
こうした「故人を身近に感じながら過ごす」という考え方は、世界各地にも見られます。日本の沖縄に残る墓前での行事や、メキシコの「死者の日」に代表される文化なども、亡くなった人とのつながりを大切にする習慣の一つです。日本で一般的なお盆やお彼岸などの節目ごとにお墓参りをして故人を偲ぶ行為も、こうした考え方に通じるものといえるでしょう。
しかし20世紀後半になると、カイロでは急速な人口増加による住宅不足が深刻化しました。その影響で、墓所の建物の一部が生活の場として利用されるようになり、現在では商店や工房、学校なども存在する地域へと変化しています。お墓のある場所で人々の日常生活が営まれる光景は、日本人にとっては驚きを感じるかもしれません。
もちろん、現在の死者の街は住宅問題という社会的な側面も抱えています。しかし、その背景には、亡くなった人を大切にし、生者と死者の距離を近く感じるエジプト独自の文化があります。
日本では、お墓は静かに故人を偲ぶ場所という印象が強いですが、「死者の街」は、生きる人と亡くなった人が同じ空間で共存する、世界でも珍しいお墓文化の一つといえるでしょう。
世界共通の想い
古代エジプトでは、ピラミッドやミイラづくりなど、死後の世界で故人が幸せに暮らせるよう願う独自のお墓文化が発展しました。一方、現代のエジプトではイスラム教の教えに基づく葬送が行われるなど、時代や宗教の変化とともに、お墓や埋葬のあり方も大きく変わっています。
しかし、どの時代にも共通しているのは、「亡くなった人を大切に思い、その存在を忘れない」という人々の願いです。お墓の形や供養の方法は国や文化によって異なりますが、故人を敬い、安らかな眠りを願う気持ちは世界共通といえるでしょう。
日本でも、お墓は故人を偲び、ご先祖さまに感謝を伝える大切な場所として受け継がれてきました。
お盆やお彼岸、お墓参りを通して手を合わせることは、故人とのつながりを感じるだけでなく、家族や命のつながりを見つめ直す機会にもなります。
世界のお墓文化を知ることで、日本のお墓が持つ意味や価値もあらためて見えてきます。
故人を想い、家族の絆を未来へつないでいく場所として、お墓の大切さを改めて考えてみてはいかがでしょうか?
当コラムでは世界のお墓や供養の文化についてもご紹介しています。ぜひあわせてご覧ください。