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世界三大墳墓のひとつは日本に!仁徳天皇陵とは?

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世界三大墳墓のひとつは日本に!仁徳天皇陵とは?

ピラミッドや古墳のように、歴史上の有力者は、その権威を誇示するために巨大なお墓を造ることがあります。こうしたお墓は世界の各所に存在しますが、エジプトの「クフ王のピラミッド」、中国の「始皇帝陵」、そして日本の「仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう)」は最大級のお墓として「世界三大墳墓」と評されます。
仁徳天皇陵は、2019年7月26日に周辺の古墳と合わせた「百舌鳥(もず)・古市古墳群」という名称で世界遺産にも認定されました。また、日本の歴史を探る重要な資料としても注目されています。日本人ならぜひ知っておきたいこの古墳のことを、あなたはどれだけご存じでしょうか?本記事では、世界三大墳墓と仁徳天皇陵についてご紹介します。

世界三大墳墓とは?

仁徳天皇陵について紹介する前に、まずは他の2つの三大墳墓についてご紹介します。どちらも有名な世界遺産なので、一緒に知ることで、仁徳天皇陵がどれだけ貴重なものなのかイメージが湧くはずです。

高さ世界一!『クフ王のピラミッド』

エジプトの首都・カイロから約10kmの郊外にある巨大なピラミッドです。墓の主である古代エジプト第4王朝の王・クフは、紀元前26世紀のエジプトを統治した権力者と考えられていますが、今から約4500年以上も前のことなので、詳しい業績はわかっていません。大小さまざまあるピラミッドの中で、一番巨大なものが彼のお墓という事実から、強大な権力の持ち主であったことは間違いないでしょう。
世界三大墳墓の中でも、最も高さのあるお墓で約147mも石が積まれています。これは大体、40階建ての高層ビルの高さに相当します。
その巨大さも驚きですが、さらに驚くのはその正確な建築方法です。平均2.5~7tの石灰石の切り石が200万個以上も使われており、しかも正確に四角垂を形成するように並べられています。どうやってこれだけ正確に積み上げることができたのか。現在ではいくつかの説が挙がっているものの、真相は謎のままです。

体積世界一!『始皇帝陵』

紀元前3世紀、7つの国が覇権を争う戦乱の時代を制して、巨大な統一国家を打ち立てた秦の王は、中国史で最初の皇帝となったことから「始皇帝」と呼ばれています。この始皇帝が、70万人の労働者を使って40年をかけて作り上げた巨大なお墓が「始皇帝陵」です。中国・西安の北東40km地点の郊外にあります。一見すると、小高くて広い丘のような墳墓ですが、その体積は約300万立方mにも及びます。
始皇帝陵で有名なものといえば、1974年にこの始皇帝陵から1kmほど離れた場所で発見された「兵馬俑」です。地下5メートルの巨大な地下空間に、8000体を超える数の兵士や馬の素焼きの像が埋まっていることがわかったのです。これらは始皇帝の権力を示すための副葬品と考えられています。

面積世界一!『仁徳天皇陵』

ではいよいよ、日本にある世界三大墳墓のひとつ、仁徳天皇陵についてご紹介します。
仁徳天皇陵は別名「大仙古墳(だいせんこふん)」といいます。この名前を聞けば、社会科の教科書で見たのを思い出した方もいらっしゃるのではないでしょうか?大阪府堺市堺区大仙町にある、三重の堀に囲まれた、鍵穴のような形の日本最大の前方後円墳です。全長486m、面積は約46万平方mもあり、クフ王のピラミッドの約9倍、始皇帝陵の約4倍弱の土地を占める広大なお墓です。
残念ながら、古墳の中はおろか、敷地内にも立ち入ることはできません。堀に沿って周遊路があるので、一周すればその大きさを実感することができます。
円筒埴輪などの出土品の特徴から、5世紀前半〜中期の「古墳時代」に造られたものと考えられています。宮内庁のもとで第16代目の天皇・仁徳天皇のお墓と判断・管理されていますが、実は誰が眠っているお墓なのかは断定されていません。他の三大墳墓と異なり、仁徳天皇陵は調査がそれほど進んでいないため、確たる証拠が発見されていないのです。仁徳天皇の在位時期と古墳の出土品の傾向が異なることから、別の方のお墓だと主張する人もいます。地名から名付けた「大仙古墳」と被葬者から名付けた「仁徳天皇陵」、2つの名前があるのも、被葬者が判明しない状態だからです。

仁徳天皇とは?

仁徳天皇は、第16代目の天皇にあたる人物です。4世紀末から5世紀前半にかけて、天皇の地位に在位していました。困窮する民の様子を気遣って租税免除を実施したり、水害を防ぐために堤防作りを行ったり、仁政で世を治めたと考えられています。
お名前を聞いても、ほとんどの方はパッと思い出せないかと思います。仁徳天皇が在位していた4世紀は、学校の歴史の授業ではそれほど詳しく教えてくれません。実は、『空白の4世紀』と言われているほど謎の多い時期だからです。この頃の日本ではまだ文字が発達していませんので、当時を語る資料が無いに等しいのです。そのため、この時代の出来事を調べる際は、日本最古の歴史書『古事記』『日本書紀』が参考にされています。しかし、この2つの文献でさえ、制作されたのは400年後の8世紀になってのことですから、信憑性について疑問を呈する専門家もいます。今後調査が進めば明らかになる可能性もあるので、続報を心待ちにしたいところです。

お墓に眠る壮大な歴史ロマン

宮内庁によって長らく厳重に保護されていた仁徳天皇陵ですが、近年はその姿勢が軟化しています。2018年には墳丘を囲む堤防で発掘調査が行われて、円筒埴輪や石敷きが発見されています。
そして、2021年秋にも再発掘調査が予定されています。古墳調査が進むにつれて、4世紀の謎も明らかになるかもしれません。仁徳天皇陵には、日本のルーツを探る壮大なロマンが詰まっているのです。世界的に見ても貴重なこのお墓に、一度はお参りしてみてはいかがでしょうか?

以下の記事では、日本各地の偉人のお墓を紹介しています。
『今こそお参りしたい偉人のお墓 東京編』

『今こそお参りしたい偉人のお墓 京都編』