お役立ちコラム お墓の色々
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- 供養をきわめる -
【忠犬ハチ公】ハチのお墓はどこにある?

人と深く関わってきた動物たちの中には、その生涯を終えたあとも、多くの人の記憶に残り、大切に供養されている存在がいます。
1920年代、ハチという一匹の秋田犬がいました。現在も東京・渋谷駅前に立つその銅像は待ち合わせスポットとしても広く知られ、1987年には『ハチ公物語』として映画化され、日本中に深い感動を呼びました。さらに2009年には、リチャード・ギア主演によりハリウッドでリメイクされ、日本だけではなく世界的にもその名が知られる存在となりました。
「ご主人が亡くなった後も10年にわたり、渋谷駅前でその帰りを待ち続けた犬」として語り継がれる忠犬ハチ公ですが、その背景にあった飼い主との絆や、彼を見守り続けた人々の想いにまで目を向ける機会は、意外と少ないのではないでしょうか。
3月8日は忠犬ハチ公の命日です。命日とは亡き存在を偲び、感謝の心をあらためて届ける大切な節目です。
今回は、忠犬ハチ公がなぜこれほどまでに人々の心を打ち、語り継がれてきたのか。そしてお墓がどこにあるのかをご紹介いたします。
※「ハチ公」という呼び名は新聞報道をきっかけに定着したものです。本記事では実際の呼び名の「ハチ」で統一しています。
ハチとの出会い
秋田犬のハチは、1923(大正12)年11月、秋田県大館市大子内で生まれました。父は「大子内山号」、母は「ゴマ号」。良血の血筋を引く子犬として、この世に誕生します。
当時の飼い主であった斎藤家の主人は、のちに飼い主となる上野英三郎(うえの えいざぶろう)博士の教え子であった世間瀬千代松(せませ ちよまつ)氏の部下と縁のある人物でした。愛犬を亡くしたばかりの上野博士が純血の秋田犬を求めていることを知った世間瀬は、良い犬がいるとの話を聞き、斎藤家を訪ねます。そして、ハチを譲り受け、東京にいる上野博士のもとへハチを届けることを決めるのでした。
翌年1月、生後50日ほどのハチは、長い鉄道の旅を経て東京へと運ばれます。
上野家ではすでにジョンとエスという犬が飼われていました。とりわけジョンは、幼いハチのよき兄役となり、面倒をよく見ていたと伝えられています。
当時、上野博士の娘・千鶴子さんは新しい子犬の到来を素直に喜びましたが、妻の八重子さんは飼育に慎重で、上野博士自身も当初はそれほど積極的ではなかったと伝えられています。当初は時がたって、ハチを可愛がっている娘が嫁ぐ時期を迎えた時にはハチを他家へ譲ることも考えられていたそうですが、いざその時が来る頃にはすでにハチに対する深い情が芽生えていたそうで、上野博士は散歩や風呂など、ハチの世話を積極的に行い、ときには一緒に食事をしたり、書斎で一緒に眠るほどの可愛がりようだったと伝えられています。
ちなみにハチという名は、妻の八重子さんが付けたといわれています。名前の由来については諸説あり、ハチが座ったときの前脚の形が漢字の「八」に見えたからという話や、上野家で飼われた八番目の犬だったからなどの話があります。
上野博士とのきずなを深めていったハチは、自宅の玄関まで上野博士を見送るようになり、やがて自宅から渋谷駅や、目黒区駒場(こまば)にある大学まで上野博士を送り迎えするようになりました。
永遠に続くように思われた穏やかな日々は、突然終わりを迎えます。
1925(大正14)年5月21日、教授会の会議を終えた後、上野博士は脳溢血で倒れそのまま帰らぬ人となりました。享年53歳。
ハチを迎えてから、わずか1年4カ月後のことでした。
最愛の主人を失ったハチは、食事も喉を通らず、三日間ほとんど何も口にしなかったと伝えられています。
渋谷駅のハチ
長年連れ添った妻の八重子さんでしたが上野博士との間に法律上の婚姻関係はなく、財産の相続ができなかったため、いったんハチを浅草の知人宅に預け、自身は世田谷の小さな家へと移り住みます。
やがてハチは八重子さんのもとへ戻りますが、もともと活発な性格だったため、近隣の畑に入り込むなどの騒ぎを起こしてしまいました。周囲との関係を案じた八重子さんは、ハチがより自由に過ごせる環境を願い、代々木の植木職人である小林氏に託す決断をします。
その頃から、渋谷駅の改札口付近で、ハチの姿がたびたび見られるようになりました。
渋谷駅で待っていれば、いつか上野博士が帰ってくると信じていたのでしょう。
ハチから忠犬ハチ公へ
人通りの絶えない渋谷駅前に、毎日のように姿を現し、じっと座り続けるハチ。事情を知らない駅員や乗客の中には、冷たく追い払う者もおり、蹴られたり、いたずらを受けたりすることもありました。それでもハチは、渋谷へ通うことをやめませんでした。
やがて「帰らぬ主人を待ち続けている犬がいる」という噂が、少しずつ広まっていきます。そしてその事実を知った日本犬保存会の初代会長・斎藤弘吉が、1932(昭和7)年、そのことを新聞に投稿しました。記事は大きく取り上げられ、ハチの存在は一躍、世間の知るところとなります。この出来事を境に、ハチの運命は少しずつ変わっていきます。新聞報道によって広く知られるようになると、冷たい視線を向けられることも多かったハチは、一転して人々の温かなまなざしに包まれるようになりました。その健気な姿に胸を打たれ、食べ物を差し入れる人、雨風をしのげるよう気遣う人も現れます。やがて、渋谷駅前で静かにたたずむその姿は、人々に受け入れられ、自然な景色の一部となっていきました。
翌1933(昭和8)年ごろ、ハチのひたむきな姿に心を打たれた彫刻家の安藤照(あんどう てる)から斎藤に「ハチの銅像を作りたい」と申し出があったそうです。その思いはやがて具体的な動きへと発展し、日本犬保存会の依頼によって銅像建立が正式に決定しました。
その後各地から寄せられた募金によって、1934(昭和9)年4月21日、渋谷駅前に銅像が完成しました。除幕式には300人もの人が集まったと言われています。
しかしそんなハチの体は少しずつ衰えていきます。銅像完成の翌年、1935(昭和10)年3月8日、ついに病により息を引き取りました。上野博士が亡くなってからおよそ10年、渋谷駅へ通うことをやめなかったハチは、ついに愛する飼い主のもとへ旅立ったのでした。
ハチのお墓はどこにある?
ハチは現在、飼い主であった上野博士と同じ青山霊園で、上野博士のお墓の横に忠犬ハチ公の碑が立てられています。青山霊園の東三通り沿いに位置しています。
「忠犬ハチ公の碑」と大きく書かれた高さ1.2mほどの墓碑の下には、ハチの内臓の一部が埋葬されています(遺骨は骨格標本として斎藤弘吉氏が自身の研究室に保管していましたが、東京大空襲の際に焼失し残っていません)。
【青山霊園】東京都港区南青山2丁目33
ハチは銅像としてその姿を残しただけではありません。当時としては貴重な秋田犬であったハチは、死後まもなく東京・上野の国立科学博物館で剥製(はくせい)にされ、標本として保存・展示されています。いまもなお上野博士を待ち続けているかのようなその姿に、多くの来館者が胸を打たれています。
【国立科学博物館】東京都台東区上野公園7−20
渋谷駅前の銅像が有名ですが、ハチの生誕地である秋田県大館市、大館駅前に渋谷駅前と同型の像が建てられています。こちらも戦時中に金属供出のため失われましたが、1987年に再建されました。
また、ハチと上野博士が寄り添う姿をかたどった銅像が、2012年に上野博士の生誕地である三重県津市の久居駅東口に、2015年には上野博士が教鞭をとった東京大学本郷キャンパスに建立されました。
さらに海を越え、アメリカ・ニュージャージー州ラファイエットのペット公園墓地「アベイ・グレン・ペット・メモリアル・サービス」にも東大に建てられた銅像と同じものが建てられています。これは、リチャード・ギア主演の映画『HACHI 約束の犬』に感銘を受けた霊園のオーナーが東京大学側に何度も打診し、建立したものです。
【東京大学本郷キャンパス】東京都文京区本郷7丁目3−1
【アベイ・グレン・ペット・メモリアル・サービス】80 Kelly Rd, Quakertown, PA 18951 アメリカ合衆国
まとめ
ハチが息を引き取った4日後、渋谷駅で告別式が営まれました。僧侶16人による読経が厳かに響き、会場には数多くの花環や生花が供えられます。寄せられた香典は18万円余りにのぼり、ハチの死を悼む人々の思いの深さを物語っていました。
実は現在、忠犬ハチ公像として知られる渋谷駅前の銅像は実は二代目にあたります。初代の像は戦時中、兵器用の金属資源として供出されてしまいました。
しかし戦後間もない頃、再びハチの姿を渋谷にという声が高まります。地元の人々が中心となって再建運動を起こし、全国から寄せられた募金によって、1948(昭和23)年に二代目の像が完成しました。混乱の続く時代にあってなお、ハチを忘れまいとする人々の思いが形となったのです。
ハチと上野博士の墓前に立てば、帰らぬ主人をただ一途に待ち続けた一頭の犬の思いが私たちの胸に迫ってきます。突然の別れを受け入れられなかったのか、冷たい視線や風雨にさらされながらもハチは待つことを止めませんでした。言葉を持たぬ命が示したその健気な姿は、時代を超えて、墓前に立つ私たちの心に深く染み入ってくるかもしれません。
お墓は、ただ故人を偲ぶためだけの場所ではありません。そこには、家族との絆や幾重もの出会い、その人が歩んできた年月や胸に抱き続けた想いが静かに息づいています。墓前に立つということは、そうした人生の物語にそっと心を重ね、傍らにいる誰かと語らいながら、記憶を受け取り、また次へとつないでいく時間でもあるのではないでしょうか。
愛するペットの墓前に立てば、かけがえのない家族であったその存在をあらためて実感し、「供養とは何のためにあるのか」を見つめ直す時間が生まれます。
ともに過ごした日々や何気ない仕草、無条件に向けてくれた愛情。そうした記憶が胸によみがえり、手を合わせるひとときは、悲しみだけでなく感謝の気持ちを確かめる場にもなります。
こうしたペットへの供養の想いは、命とどう向き合い、どのように見送り、どのように記憶をつないでいくのかを考える機会となります。
ひいては家族の在り方そのものを見つめ直すきっかけにもつながっていくのではないでしょうか。
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