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初詣前に知っておきたい神社と神道の話

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初詣前に知っておきたい神社と神道の話

もうじき新年を迎えます。年明けといえば、初詣を恒例行事にしている方もたくさんいらっしゃるはず。初詣を始めとして、七五三や結婚式など…神社は私たちの人生のイベントに度々関わっている場所です。そんな神社の背景にある神道について、あなたはどれだけのことをご存じでしょうか?「寺社仏閣」とまとめて語られることも多いですが、神社とお寺にはどんな違いがあるのでしょうか?
本記事では、私たちの身近な存在である神社、そして神道の世界を紐解きます。これを読めば、来年の初詣を少し違った気持ちで臨めるかもしれません。

神道とは?

神道は、古代日本が起源とされている、日本独自の宗教です。その特徴として、他の宗教でいうところのキリストや釈迦のような開祖が存在せず、そのため教典や具体的な教えがないことが挙げられます。日本独自の民俗信仰や自然信仰、祖霊信仰が合わさって醸成されたものなのです。
起源は、縄文時代~古墳時代の頃と考えられています。この時代の日本人は農耕や漁など、自然の恵みを頼って生きる一方で、時には台風や日照りなど、命を脅かすような恐怖にもさらされていました。このような環境から、人々は自然現象に「神」の存在を見出すようになり、ありとあらゆるもの(森羅万象)に神が宿るという発想が生まれます。後年になると、山や海などの自然だけでなく、道具や抽象的な概念(商売や学問、縁結びなど)にも神がいると信じられるようになります。「八百万の神(やおよろずのかみ)」の誕生です。こうした神々を祀り、ご機嫌をとることで「災いを避けて守ってもらおう」というのが、神道の基本的な考え方です。

神社とは?

神社とは、神道において、神々を祀るための建物や施設及び、祭祀を行う組織そのものを指します。その多くは、昔から信仰されていた土地(山や海など)や、神聖な儀式を行っていた場所に建てられています。
その敷地内は「神域」とされ、多くの神社の入口は鳥居によって外界と区別されています。また、神社の周りに残る「鎮守の杜」には、「注連縄」という縄のかかった「御神木」と呼ばれる神聖な木があります。これも外界と区別するためのものです。

お寺との大きな違い

そもそも宗教が違う…という点は置いておいて、お寺と神社で大きく異なる概念を2つ紹介します。

①祀るものが違う

お寺には「ご本尊」と呼ばれる「その宗派で最も大事な信仰対象」があります。宗派によって異なりますが、阿弥陀如来やお釈迦様を模した仏像、または曼荼羅がご本尊となります。
一方、神社の場合は、その神社によって祀られているものが異なり、かなりバリエーションが抱負です(同じものを祀っているところもあります)。たとえば、東京の明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后を祀っています。京都の伏見稲荷大社は稲荷、つまり狐です。また三重の伊勢神宮では天照大御神と…動物から日本神話の神様まで、様々な神様を祀る神社が存在するのです。

②墓地がありません

敷地内に墓地があるお寺は珍しくありません。しかし、基本的には神社に墓地はありません。神道において、死は「穢れ」として避けられているもの。ですから、神域である神社は、穢れを遠ざけるため、敷地内に墓地を造りません。お寺ではお葬式をしますが、神社でお葬式をしないのも同じ理由からです。
ただし、穢れといっても悪い意味ではありません。次は神道の死生観に触れてみましょう。

神道の死生観

神道の死生観を知るためには、まず神道で伝えられる肉体と魂の関係について解説しなければなりません。
神道では、肉体は魂の器に過ぎず、たとえ肉体が無くても、魂は永遠にこの世に留まり生き続けるという考え方をします。つまり、肉体が動かなくなっても、魂は生者とともに生き続けるのです。ですから、神道において「死」は、決して悲しいものではありません。
ただし、現世で生き続ける魂は、時に“悪さ”をします。災害や病気などの不幸を招くのです。神道の祭祀・葬儀は、こうした災いを避けるために「魂となった故人やご先祖を手厚く祀ることで、むしろ守り神となってもらおう」という意図で執り行われます。
こうした神道の死生観を体現した代表的な例が、菅原道真と北野天満宮の逸話に残っています。平安時代の学者・菅原道真はライバルだった藤原時平の策略により、九州の大宰府に左遷させられてしまいます。道真は悔しい想いのまま、その2年後に死去。すると、不思議なことが起こります。ライバルの時平は39歳という若さで急死。都は、洪水・長雨・伝染病などの天変地異に次々と見舞われるのです。このありさまを見ていた世間の人々は「怨霊となった道真の祟り」と噂しました。困り果てた朝廷は、平安京内に神社を建て、道真を祀ります。これが現在も存在する北野天満宮のルーツです。

神道の世界は私たちの中にも

交通事故でどなたかが亡くなった場所には、そっと花が供えられていることがあります。花を供えるという行為は仏教的な発想ですが、その場に故人がいるかのような感覚は、神道らしいものと言えるでしょう。このように、日本人の感性には神道が確かに根づいています。初詣もそのひとつ。来年の初詣は、ご自身の中にある神道的な感覚を研ぎ澄まし、故人やご先祖を思い出しながらおでかけしてみてはいかがでしょうか。新年の抱負も一層固い決意になることでしょう。よいお年をお迎えください。

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