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【映画SUKIYAKI】「上を向いて歩こう」で世界を魅了した坂本九のお墓はどこにある?

墓地・墓石コラム

2026年12月、名曲「上を向いて歩こう」を題材にした映画「SUKIYAKI 上を向いて歩こう」が公開されます。「上を向いて歩こう」といえば、今も多くの人に親しまれている坂本九の代表曲です。日本で生まれた一曲は、やがて「SUKIYAKI」の名で海を渡り、アメリカの音楽チャートで1位を獲得するという快挙を成し遂げました。

今回は映画の公開を前に、日本人として初めて世界的なミリオンセラーを達成した歌手・坂本九の歩みを振り返りながら、そのお墓についてご紹介します。

坂本九とはどんな人物だったのか

坂本九は、1941年(昭和16年)12月10日、神奈川県川崎市に生まれました。本名は大島九(おおしま・ひさし)。「九」と書いて「ひさし」と読む名前は、9人きょうだいの末っ子として生まれたことに由来するとされています。

音楽に親しみ、エルヴィス・プレスリーに影響を受けて歌うようになった坂本九。1958年には「井上ひろしとドリフターズ」のバンドボーイ兼歌手となり、同年8月、第3回日劇ウエスタンカーニバルに初出演しました。ここで新人賞を受賞したことをきっかけに、一躍注目を集めます。その後、同年11月には「ダニー飯田とパラダイス・キング」に加入。アイドルシンガーとして活動を始め、「ステキなタイミング」などのヒット曲で人気を集めていきました。

そして1959年、「題名のない唄だけど」でソロ歌手としてデビューします。

明るく親しみやすい歌声と、独特の歌唱スタイルで人気を集め、昭和を代表する歌手の一人へと成長していきます。

「上を向いて歩こう」の大ヒット

坂本九の名前を世界的に知らしめた曲といえば、やはり「上を向いて歩こう」でしょう。

作詞は永六輔、作曲は中村八大。1961年に発表されたこの曲は大ヒットし、坂本九の代表曲となりました。その後、「上を向いて歩こう」は海外でも発売されます。日本語の歌詞のまま歌われたこの曲は、「SUKIYAKI」というタイトルでアメリカでも知られるようになり、1963年にはBillboard Hot 100で1位を獲得しました。坂本九の公式サイトでも、「SUKIYAKI」がアメリカでゴールデンレコードを受賞するなど、世界的な人気を得たことが紹介されています。

日本の歌手が日本語の楽曲でアメリカのチャート1位を獲得したことは、当時としては非常に大きな出来事でした。「上を向いて歩こう」は、その後も長く歌い継がれ、坂本九を象徴する一曲となっています。

数々のヒット曲を残した坂本九

坂本九の代表曲は、「上を向いて歩こう」だけではありません。「見上げてごらん夜の星を」「明日があるさ」「幸せなら手をたたこう」など、現在でも多くの人に知られている楽曲を数多く残しています。1960年代から1980年代にかけて、坂本九は次々とヒット曲を発表し、幅広い世代から支持を集めました。明るく軽快な曲から、聴く人の心に寄り添うような曲まで、その歌声はさまざまな楽曲で親しまれています。坂本九の公式サイトには、デビュー曲「題名のない唄だけど」から、「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」「幸せなら手をたたこう」、そして最後のシングルとなった「心の瞳」まで、多くの楽曲が記録されています。

一つのヒット曲だけにとどまらず、長い年月にわたって数々の名曲を残したことも、坂本九の名が今も色あせない理由の一つといえるでしょう。

歌だけではない、幅広く愛された坂本九

坂本九の魅力は、歌唱力だけにあったわけではありません。明るく親しみやすいキャラクターも、多くの人から愛された理由の一つでした。

テレビ番組や映画、舞台などにも出演し、歌手としてステージに立つだけでなく、お茶の間にもその姿を届けています。 また、テレビ番組の司会としても活躍し、歌手という枠を超えて幅広い分野で才能を発揮しました。

華やかなステージで歌う姿だけでなく、テレビを通して身近な存在として親しまれていたことも、坂本九が今なお多くの人に知られている理由の一つでしょう。

「上を向いて歩こう」が世界的なヒットとなったことで坂本九の名は海外にも知られるようになりましたが、日本ではその後も数々の歌と姿を通して、多くの人の記憶に残り続けました。

だからこそ、1985年の突然の訃報は、日本中に大きな衝撃を与えることになったのです。

43歳で迎えた突然の最期

多くの人に愛され、芸能界の第一線で活躍していた坂本九でしたが、1985年(昭和60年)8月12日、 日本航空123便墜落事故によって亡くなりました。43歳でした。この突然の出来事は、日本中に大きな衝撃を与えました。長く歌い継がれる名曲を数多く残し、これからも活躍が期待されていた坂本九。その人生は、あまりにも突然に終わりを迎えることになったのです。

坂本九のお墓はどこにある?

坂本九のお墓は、東京都港区西麻布にある大本山永平寺別院・長谷寺にあります。坂本九の公式サイトでも、長谷寺を坂本九の墓所として紹介しています。

そこには、坂本九が「いつでもみんなに逢えるように」と選んだ墓所であることが記されています。東京の中心部にありながら、長谷寺の境内には落ち着いた空気が流れています。

華やかな芸能界で活躍した坂本九が眠る場所であり、多くの人が訪れる墓所です。

坂本九が生前敬愛していた喜劇俳優・榎本健一(エノケン)も長谷寺に眠っており、坂本九の墓は、そのすぐ近くにあります。

墓石は黒い洋型で、棹石には「坂本九」の文字が大きく刻まれています。墓前には黒い球体のオブジェが置かれた名刺受けもあり、「九」と「球」をかけたものだという説があります。

その球体のすぐ隣には「上を向いて歩こう 1964年ゴールデンレコード受賞 世界中の人々に愛された」と刻まれた墓碑があります。

【大本山永平寺別院・長谷寺】東京都港区西麻布2丁目21−34

また、坂本九の生誕地である川崎市のJR川崎駅東口には歌碑が設置されています。没後30年となる2015年に建立されたもので、今も川崎の街で、坂本九の歌とその歩みを伝える存在となっています。

【JR川崎駅東口・坂本九歌碑】神奈川県川崎市川崎区駅前本町 東口駅前広場

まとめ

坂本九が亡くなってから、すでに40年以上の歳月が流れました。それでも、「上を向いて歩こう」をはじめとする坂本九の歌は、今も多くの人に親しまれています。「SUKIYAKI」の名で世界へ渡った一曲が、国境を越え、半世紀以上にわたって歌い継がれていることからも、坂本九が日本の音楽史に残した功績の大きさを感じることができます。

坂本九の墓前に立つと、今も歌い継がれている「上を向いて歩こう」が、また違った響きを持って心に沁み渡ってくるかもしれません。映画『SUKIYAKI 上を向いて歩こう』の公開を機に、坂本九が残した歌とその人生を振り返りながら、静かに眠るその場所を訪ねてみてはいかがでしょうか。

お墓は、亡き人を悼む場であると同時に、その人物が生きた時代や想いを現代へ伝える場所でもあります。歴史上の人物の墓を訪ねることは、その人の人生に触れ、自分自身の生き方や家族とのつながりを見つめ直すきっかけになるかもしれません。

お墓の継承や建て替え、墓じまいなどに迷った際は、石材店へ相談することも一つの方法です。

お付き合いのある石材店が特にない場合は、以下の記事を参考に、ご自身に合った石材店を探してみてはいかがでしょうか。

◆石材店はどう選ぶ? 注目すべき5つのポイント

マナーに十分注意した上で、いろいろなお墓に参ってみてはいかがでしょう。

◆【保存版】お墓参りのマナーや常識 5つのポイント

◆古くて新しい?お墓を巡礼する墓マイラーとは

坂本九のように、今も多くの人に語り継がれている著名人のお墓についてもご紹介しています。気になる人物のお墓を訪ねながら、その人生にも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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